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四狗が高速で空中へ飛び出す。
神器の拍動に合わせ、自律駆動を始めたインラインスケートの出力は、その銘通り小柄な四狗を弾丸へと変えた。
だがそれに動じることなく騎型妖物は、向かってくる敵に対し射撃を開始。
いかに四狗の動きが高速とは言え、匪天ならざる身の人間が空中で取れるのは、単純な放物線軌道のみ。地上と違い、急停止や旋回が出来ない以上、限定された空間に対して、射撃を送り込めば自ずと命中する――はずだった。
――四狗・体術/脚術/飛翔技能・重複発動・空間機動・成功!
四狗は物理法則に抗い、空中で軌道を変え、回避。
「遅いって言ったわよね?」
進行方向を変えないままに、軸線を平行にずらし、射撃の弾幕をかわす。
本来不可能な空中機動を叶えた正体は、田宮・四狗がその足に履くインラインスケート。
弾丸と名付けられたそれは、後部ホイールそのものが小型の紋章式駆動器となっている。そしてその駆動器の核には、小型だが純度の高い精霊石の結晶が使用されている。
雷神の力を受け起動した駆動器は、重力制御によって四狗を地上から解き放つ。同時に、重力制御の副産物として引力と斥力を自身の周囲に放射、展開。それによって生み出された力場は、自身が踏破する架奏路線を産み出す。
今や田宮・四狗にとって空間の全てが、無限の空が、彼女のための道であり、戦場となる。
一斉射目の弾幕を抜ければ、そこは何も無い空が広がっている。
――四狗・脚術/飛翔技能・重複発動・空間加速・成功!
――四狗・投擲/腕術/鞭術技能・重複発動・武器投射・成功!
四狗は空を踏みしめ、風を蹴り、加速。
両手のヨーヨーを同時に放つ。
妖物は、至近距離まで肉薄した四狗へ、再度の射撃。
――四狗・鞭術/腕術/体術/飛翔技能・重複発動・空間旋回・成功!
四狗はヨーヨーのホイールを中心に、空中で上向きの振り子運動を行う。
空へ持ち上げられるようにして四狗の身体が移動し、妖物の視界から消えた。一瞬遅れて、空中に残されたヨーヨーも同様にして消える。
今まで四狗の居た空間を弾幕が通過した時には、既に四狗の身体と視界は、騎型妖物の遙か上にある。
妖物は四狗の姿を視界に捉えるべく、上を向く。
――四狗・脚術/飛翔技能・重複発動・空間加速・成功!
――四狗・鞭術技能・発動・投射・成功!
四狗は頭上の空間を蹴り、パワーダイブ。同時にヨーヨーを手から離し、後ろに置き去りにする。
妖物が四狗の姿を視界に捉えた一瞬後には、反応速度を遙かに超える速度で、再び視界から消える。
四狗は、妖物の腰付近で急制動を欠け、空中で静止。
――四狗・脚術/体術/飛翔技能・重複発動・急静止・成功!
――四狗・鞭術/腕術/体術技能・重複発動・二連打撃・成功!
本来、四狗が持っていた慣性の力は、紋章駆動器により斥力へと変換され、ワイヤーを伝い、四狗の動きをトレースしていたヨーヨーへ伝播。
ヨーヨーは止まることなく、四狗の慣性力をも上乗せされ妖物へと激突する。
巨人が殴ったような轟音と衝撃と共に騎型妖物の胸部装甲が、歪み、砕ける。
空中でバランスを崩しながら、妖物が単眼の視線を前方に向けた時、既にそこに敵手の姿はいない。
地上からその様子を見ていたイザベラは、既に驚愕を通り越し、どこか落ち着いた心境となっていた。
今も空中では四狗が、文字通り縦横無尽に動き、敵を翻弄し、打撃を加えている。
彼女の動いた後に残されるのは、後部ホイールが発する駆動光の残光と、軌跡の残像、雷神の煌き。
「小雷龍、ですわね」
イザベラは四狗の字名を思い出し、呟く。
空に突き立てる牙を雷と言う。
ならば牙を持ち、残光の胴を持ち、天翔る存在は、まさしく雷の龍の名を戴くに相応しい。
臥竜は新たな力を得て、空へと舞い上がったのだ。
イザベラは期待を込めて、空を見上げる。
結果は分かっている。
竜と下等な妖物とでは、比べるまでも無い。
既に騎型妖物の全身は、無事な個所を探すのが困難なほどの打撃を受けていた。
それでもなお空中にあり続け、墜落しないのは、巨体ゆえの耐久力と防御力、再生樹詞の回復力によるものだろう。
四狗は、騎型妖物の直上方向から攻撃を仕掛ける。
「敵の装甲が堅ければ、それを砕ける力をぶつけるだけの事!」
――四狗・雷神/脚術/軍事技能・重複発動・『弾丸』第二起動・成功!
四狗が吼え、同時に雷神の力が追加で『弾丸』へと付与される。
ホイールが一回り大きく展開され、内部機構から流体光がさらに強く放射される。
四狗の機動速度がさらに上がり、コマ落としの残像が空中に残る。
――四狗・『弾丸』/体術/脚術/射撃技能・重複発動・月打・成功!
超高速の領域で半身を振り抜くと、四狗の爪先で水蒸気の白い雲が糸を引いた。同時に『弾丸』の発する光が、文字通り弾丸の形を取って発射される。
光の弾丸は大天蓋の遙か彼方に浮かぶ、月と同じ色をしていた。
月光の打撃に身を撃たれた妖物が墜落して行く。
――四狗・腕術/脚術/体術技能・重複発動・空中エビ反り・成功。
その姿を見ながら、四狗が空中で身をしならせた。
「陸爪!」
――四狗・雷神神器・発動・電撃付与・成功!
――四狗・雷神/腕術/鞭術技能・重複発動・『陸爪・改』起動・成功!
四狗が裂帛の気合と共に、双の手からヨーヨーを放つ。
放たれたヨーヨーはスパイクを展開し、雷光を纏いながら妖物へと突き進む。
疾風迅雷。
まさしく雷の速度と勢いを持って、妖物へと着弾し、炸裂した。
騎型妖物は光と音と衝撃の奔流へとその身を変じ、爆散した。
あまりの勢いと熱量に、その破片すら雷撃の餌食となり、溶けて消える。
光と音が収まり後に残ったのは、電化した空気から漂うオゾンの微かな刺激臭と、地へと舞い降りた四狗の姿のみ。
「任務完了、ってね」
四狗はそう呟き、民家の屋根の上でこちらを見るイザベラへウィンク。
イザベラは、満面の笑顔でそれに応えた。
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余談ではあるが、四狗の位置からは、爆風と角度の相互作用でイザベラのスカートの中、レース付きサイド紐ショーツ(パステルブルー)が丸見えであったというが、それはまた別のお話。
"It is necessary to correct 'Folklore' that twists in blue moonlight in hard
moonlight. " closed.