可能性が言実となる。



 二〇〇六年九月。
 駒ケ岳山中。
 森林の中にそこだけ樹木の欠けた広場がある。
 そこは酷い有様だった。
 木々が薙ぎ倒され土は抉れている。
 戦闘が森林と大地に残した傷跡だ。
 広場の中央付近に影がある。
 大きな影が二つに、人影が三つ。
 二つの大きな影は重騎。
 一方が地に倒れ伏し、もう一方がそれを睥睨している。
 地に伏した重騎は日本甲冑風の装甲に包まれている。四肢が砕かれ、胴体には肩から走る大きな裂傷。
 それを見下ろす重騎は機能美を追求したような純白の騎体。二枚の大翼を背に持ち、手には騎体同様の白い大剣を持っている。白以外の色彩は、視覚素子の放つ赤光と肩に黒字で書かれた”Lords”の文字。
 三つの人影は二人が男で、一人が女。
 男の一人は重騎同様に四肢を砕かれ、胸から血を流している。
 地に座り込んだ女がそれを抱きかかえている。
 残る一人の男は無感情な目で二人を見ている。
 倒れ伏した男の意識は無く、それを抱く女も傷だらけで戦闘能力はほぼ無力化されている。唯一その瞳に宿る力、視線のみが圧倒的な敵二つを相手に屈していない。
 無感情な目を持つ男はその視線すらも平然と受け止めている。ただ彼の右手の義腕、ケーブルと金属が絡み合っているそれが、彼の感情の代わりを果たすかのように脈動していた。
『おい、『キリングメーカー』。そろそろ終わりスルぞ。フィニッシュだ』
 白い重騎から声がかかる。
「ああ」
『キリングメーカー』と呼ばれた義腕の男は無感動に答えると、男女に声をかける
「何か最期に言うことはあるか?」
「私が、私たちが斃れようとも、必ず、必ず後に続く人がいる……!」
「そうか」
 『キリングメーカー』が拳を振り上げる。
 烈枷、ごめん。私たちはここまでみたいね。
 女、田宮・四狗は心の中で四肢を砕かれた男、七蜂・烈枷に謝ると重騎と男を睨みつけた。
 殺されようとも、自分たちの意志だけは折れぬことを示すために。
 しかし、最期の瞬間は訪れなかった。
『キリングメーカー』は拳を発射する直前にその場を飛びのいた。
 同時にそれまで『キリングメーカー』が立っていた場所が白光に包まれ、爆発する。
「どーやら間に合ったようじゃのう」
 声とともに、木立の間、田宮と七蜂の後方から新たに三人の人影が姿を現した。
『貴様らは……!』
 白い重騎が驚愕の声を上げる。
 人影は一人の男と二人の女。
「無事とはいかないが、二人共生きてるようじゃのう」
 人影の中で一番小柄な女が口を開く。真紅のチャイナドレスに身を包み、手には長槍を携えている。
 三人はそのまま歩を進めると、田宮たちとその敵の間を遮る位置に立つ。
「お前さ、巻きこんだらどうするつもりだったんだ?」
 男が呆れた声で言う。男は顔の右半分が包帯で覆われ、肩には棒状の布包みを担っている。
 男たちの眼前の地面は、爆発で大きく土が抉れていた。
「巻き込まなかったじゃろ?」
 先ほどの爆発を引き起こしたのは小柄な女が口を開く。
「まあそうだけどさ。よう、久しぶり」
 男は苦笑してから、気軽な口調で重騎に声をかける。
『なぜ、キミたちがここにイル?』
 白の重騎からは疑問の声。
「それはこっちの台詞だ、親愛なる敵(ディアフレンド)。」
 男は重騎を左目だけで見据えると、皮肉気な口調で切り返し、右横にいたもう一人の女に声をかけた。
「二人の怪我を頼む」
 話しかけられた女は、先ほどの小柄な女よりも”大きく”、右目が蒼い義眼。
「了解」
 義眼の女は応えて頷くと、田宮たちに駆け寄りしゃがみ込んで片膝をつく
「……田宮さん、手を貸します。動けますか?」
「私は、何とか……でも、烈枷が。第一、貴方たちは誰……?」
「説明は必ずします。まずは退避と治療を。とにかくここは危険ですから」
 ふらつく田宮に女は手を貸し、甲冑姿の烈枷を引きずりながら後方へ移動を始める。
「そうはさせん」
 それを見た『キリングメーカー』が左手を振り上げ、声を発する。
詞変(ワード・アクセル)。二十四万の遺伝詞よ」
 それは雅式首聯(オーバーラップ)と呼ばれる、遺伝詞を従わせる詔。
 同時に『キリングメーカー』の左手の薬指にはめられた指輪が煌く。指輪の正体は風水五行(チューンバスト)に用いられる武器、神形具(デヴァイス)
 ――『キリングメーカー』・五行/腕術技能・重複発動・五行打撃・成功。
 拳打と共に空間が歪み、爆ぜる。
『キリングメーカー』の声は、左手の指輪(リング)神形具(デヴァイス)増幅(アンプ)され、拳打の形で破壊の光と化した。
 破壊は一直線に飛びが烈枷を狙う。
 しかし、
「やらせんよ」
 隻眼の男が無造作に棒包みをその軌道上に差し出した。
 麗音。
 何物をも破壊するはずの光は、澄んだ音と共にかき消えた。
 だが五行の一撃は、棒包みを覆う布を塵と変え、男の手に持った物の正体を露にしていた。
 白い長刀。色彩は僅かに刃紋にだけ、黄色い粒のような金属光沢の輝き。
「貴様、何者だ」
 『キリングメーカー』の無感情ながら、どこか敵意と驚きを含んだ声。
代替品(オルタナティブ)さ」
 隻眼の男は苦笑して応える。そして手に持った長刀の切っ先を『キリングメーカー』へ向ける。
神形具刀(デヴァイスブレード)”女郎花”。この刀も、そしてこの俺も、君の代替品なのさ。――殺外者(キリングメーカー)、荻原・蔵人」
 男の言葉に『キリングメーカー』、蔵人は再び左手を振り上げる。
「詞変。四十八万の遺伝詞よ」
 先ほどの一撃に倍する遺伝詞を拳に纏わせ振り抜く。
 同時に、男が神形具の刀を振り下ろし、地面を叩く。
 ――『キリングメーカー』・五行/腕術技能・重複発動・五行打撃・失敗。
「何……?」
 初めて蔵人の声に僅かに感情が滲む。
「言っただろう、代替品だってさ」
 隻眼の男の表情は苦笑のまま。
「君は覚えちゃいないし、知らないだろうが、その指輪(デヴァイス)とこの(デヴァイス)を作ったのは同じ人物なんだよ。そしてその人が、俺の師匠(せんせい)だ」



 田宮と義眼の女は、烈枷を木立の中まで引きずって運び、横たえた。
「貴方たち、一体」
「貴女の味方です。それよりも話は後、彼の手当てをします。鎧を外すのを手伝って下さい」
 義眼の女は、未だ状況が飲みこめない田宮に一方的に言い放ち、烈枷の身体から砕かれた鎧を取り外して行く。田宮も慌ててそれに倣う。
 やがて砕かれた烈枷の義体が露になった。
「ひどい……」
 田宮・四狗の予想以上にその身体は破壊されていた。
 四肢と胴体は無事な個所を見つけるのが困難なほどに、破砕されている。むしろ分解していない状況が奇跡的ですらあった。不幸中の幸いは、頭部が軽傷なことぐらいだが、それすらこのままでは無意味なものとなりかねない。
 手当てを申し出た義眼の女もそれを見て絶句し、息を飲んでいる。
「やはり、こうするしかなさそうですね」
 義眼の女が言葉と共に懐から取り出したのは、銃。
「何する気!?」
 自らの怪我も忘れ、四狗が義眼の女に掴みかかろうとする。だが、体は思い通りにならず膝を突く。
「今は説明をしている暇がありません。でも私を信じて、沖縄式風水(レキオスチューン)宗家の名に賭けても、必ず救います」
 義眼の女の言葉、そして真摯な視線を受け、四狗は頷くことしかできなかった。
「彼の中の鼓動、生命の息吹、義体の軋み、六十四万詞階の遺伝詞よ!」
 凛、と鈴鳴るような銃声が連続で五つ。
 銃口から飛び出した弾丸は烈枷の四肢、そして心臓を撃ち抜く。
 次の瞬間、烈枷の身体が砕け散り、花開いた。



「師匠、だと?」
 蔵人が隻眼の男の正体を見極めようと質問を発する。
「君が知らない、君のことを世界で二番目に知っている人だよ」
 隻眼の男は蔵人の殺意を平然と受け流す。
『そこまでダ』
 今まで事態の推移を見ていた白い重騎の音声素子から、声が発せられた。
『なぜキミたちがここにいるかは知らないが、俺たちが有利なことには変わりナイ』
 隻眼の男は苦笑をさらに重ねる。
「ま、確かにそうだな。流石に生身で重騎とは戦いたくない」
『分かっているなら大人しく――』
「降参か、怪我人おいて逃げろとでも言うつもりかのう? 黙っとれ、どアホ」
 小柄なチャイナ服の女、頭には狐の耳を模したカチューシャ。重騎を前に一切怯む事無く言い放つ。
「それともなんか。そこの記憶喪失野郎に話されちゃ、不味いことでもあるんかい?」
 小柄な女は重騎を見上げる事無く、胸を張って真っ向から見据える。
『はは、ハハハ! 本当に面白いなキミたちは!』
 重騎から笑い声が発せられる。
『――ならば、手加減は無用ダナ?』
 愉悦を含んだ酷薄な声。
 同時に重騎が、大剣を振り下ろすべく構える。
「そう急ぐなよ『アラジン』。それに俺は、戦いたくないとは言ったが、戦わないなんて言ってないぜ?」
 隻眼の男が重騎に呼びかける。
『ならばその身で受けてモラウぞ!』
 白い剣が空を裂いて隻眼の男に振り下ろされる。
 同時に槍を持ったチャイナ服の女が疾走。隻眼の男の前に走り込み、身体をたわめ身を沈める。
 次の瞬間、地面を蹴る裂音と共に女の身体が、しなやかに伸びあがる。それは地面から、脚、腰、胴、腕、そしてその最先端の手から槍へと力を増幅しながら伝達する動作。
 超高速で槍が放たれると同時、女は意志と吼声を空間に放つ。
”ワシの五行は全てのモノを響かせる!”
意詞加圧(スピリットブースト)”魂”気動 ・ 発動者が持つ攻性遺伝詞の炸裂力を×3を上限にして加圧>
<加圧制限は一回行動(シングルアクション)の発動のみに設定されています>
 圧倒的な重量差の二つの武器が接触し、交差する。
「コォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!」
 声と共に、全てを白く染める光の爆発が起こった。



「何、これ……!?」
 四狗は茫然と空中を見ながら呟いた。
 そこには赤と白と黒のガラス片のような結晶が浮かんでいる。
「これが彼を形作る遺伝詞の音色、その結晶です」
 義眼の女が四狗の質問に答える。
「見慣れないので驚いたと思いますけど、これが私の風水です。数分で外傷は殆ど治る筈です」
「じゃあ、烈枷は助かるのね?」
「もちろんです。体力や気力の回復は無理ですから、休息は必要でしょうけど」
 その言葉に四狗は安堵のため息を吐く。
「まったく、この馬鹿は心配させて……それで、あなたが風水師ってことは分かったけど、一体何者?」
 四狗は安心すると共に、正体不明の風水師に向けて生来の好奇心が呼び起こされた。
「あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私は屋比久・奈央。茨城の学園都市の者です。よろしくお願いします」
 義眼の女、屋久島・奈央は微笑んで手を差し伸べた。
「え? あ。わ、私は田宮・四狗! よろしく」
 四狗は何故か照れくさそうに握手をしながら自らも名乗る。
「それで、屋比久さん。一体、目的は何?」
 手を離し、四狗は改めて問う。
「わざわざ私たちを助けて治療するために来たわけじゃないよね?」
「いえ、ある意味それこそが目的です。正確には、貴方達を助けられなければ私たちの目的は無理とは言わないまでも、かなり困難な物となるところでした」
「どういう意味?」
 奈央の周りくどい言い方に、四狗は眉をひそめる。
「あなた達の片方、あるいは両方が失われた場合どうなります」
「それは……」
 様々な推測が四狗の脳裏に浮かぶ、だがその結論はどれもあまりいい物では無かった。
 現在、四狗の住む静岡圏は、これまであった二つの都市、神騒都市(マグナシティ)樹詞都市(プラスチックシティ)が統合され、新たに神樹都市へ変わったばかりだ。その為、様々な面で不安定さが残っている。総長連合の再編などはその最たるもので、二重都市時代の総長連合員である四狗と烈枷は、任務で東奔西走する日々を送っている。今、駒ケ岳に二人がいるのもその為だ。
「それぞれの都市出身者の間に、不信感と軋轢が生まれるでしょう。少なくとも大きな隙ができます。それは彼らの思うつぼです」
 奈央は断言する。
「似たような状況で、私たちも大きな代償を払ったのですから」



 音すら破壊する光の中で、それぞれが動く。
 小柄な女は、五行の破壊力で超重量の剣撃を、真っ向からはじき返した。
 白い重騎は、破壊の光の爆心地で、その威力に耐える。
 義腕の男と隻眼の男は、光の中で激突した。
 光の中を疾駆した両者の間合いが交錯する。
 素手と刀。
 先に一撃を放ったのは、刀の分リーチで勝る隻眼の男。
 疾走状態から踏み込み、逆袈裟での切り上げ。
 隻腕の男は、大きく踏み込み間合いを詰める。
 そして、そのまま地に這う程に身を沈める。
 神形具の刀が唸りを上げて、頭上ぎりぎりの位置を通過。
 一撃を外し、腕が上がって無防備になった胴へ蔵人の右拳、『キリングメーカー』の殺しの技が飛ぶ。
 しかし隻眼の男は斬撃の勢いでそのまま身を回し、必殺の拳をかわす。まるでそこに一撃が来ることを知っていたかのように。
 破壊の光が薄れゆく中、互いにすれ違い、また向き直る。
 次に先制したのは蔵人。
 蔵人は生身の左手を貫き手で繰り出し、同時に五行を放つ。
 ――『キリングメーカー』・五行/腕術技能・重複発動・五行貫撃・失敗。
 だが、やはり五行は発動しない。
「またか……!」
 僅かにいらだちを含んだ蔵人の声。
 貫き手も刀で捌かれ届かない。
 刀の連撃、双拳の連射が互いの攻撃を阻み、防御を削る。
「言っただろ、これとそれを作ったのは同じ人だって」
 打撃と斬撃の中で、隻眼の男が声を発する。
 この攻防の中で、蔵人は幾度か五行を試みていたがそのことごとくが発動していなかった。
 破壊の光が消えた。
 白の重騎は大きく後退し、冷却機構が騎体を冷やし、装甲表面では防御と治癒の紋章が光を発している。
「五行をするにゃ神形具が必要じゃ。そしてそれに自分の詞を響かせることが」
 重騎をも飲み込む五行を放った女が、構えを解き言葉を発する。
「まさか……!」
 それを聞き、攻撃と回避と防御が溶けあう速度の中で、蔵人は一つの結論に達する。
「ご明察」
 刀と左拳、二つの神形具が火花を散らし激突。
 両者は反動を使って間合いを取る。
「共振を利用した強制介入」
「その通り。神形具を作った人が同一、そしてそうできるように作られたからこその例外中の例外……君の詞は響かない」
 刀と指輪が震え、鳴る。



『不意打ちとは言え、百万詞階級の五行とは驚いたネ。楽しませてもらったよ』
 白い重騎が再び動き出す。
『だが、それもここまでダヨ。『キリングメーカー』、巻き添えにしたくない下がってくれ』
「――ああ」
 蔵人が後退、隻眼の男と狐耳の女のに白い重騎が迫る。
『コレが”Lords”じゃなければ、結果も違ったかもしれなかったヨ』
「頑丈じゃのう」
「全くだ」
 迫り来る重騎を前にしても、二人は悲壮感が無い。
『それじゃあこれで終わりだ』
「ああ、終わりだな――代替品(オルタナティブ)は」
 隻眼の男は、顔の右半面を覆っていた包帯を緩める。
 その下から一つの色彩が現れる。
 紅。その色をした瞳だ。
 その目で、男は蔵人と白の重騎を見つめた。
「始めまして荻原・蔵人、そして『アラジン』と『ジーニ』には改めて自己紹介しよう」
 白の重騎が近づいてくる。
「茨城圏総長連合総長、中林・英彦」
「同じく副長、ゴン」
 中林とゴンが名乗りを上げる。
 そして中林は息を吸い、刀を振り上げると、蔵人に向かって叫ぶ。
「記憶が無くとも心に刻め! いつの日にか思い出すその日のために! お前を待つその時とその人のために――力を持ちて汝は怯えず!」
 叫ぶ。
「荒帝……!」



 それは彼と彼女を結ぶもの。
 眼前に激突を望んでくる白の風に抗う、力の名前。
 遙かなる高空からそれは舞い降りた。



 介入は一瞬だった。
 上空から舞い降りた疾風が、中林たちと白の重騎の間に割って入る。
 金属音。
 重金属同士のぶつかる激音が山々にこだまする。
『!?』
 白の重騎から声にならない驚愕の叫び。
 黒。
 そこに居たのは純白の重騎とは対照的な漆黒の重騎。
 だが色彩の対極とは裏腹にその重騎はどこか白の重騎に似ていた。
 肩部装甲は外套の如く、腰部装甲はスカートの如く。
 ただ背に生えた上下二対、四つの翼と手に持った鉄塊のような大盾が大きな違いだ。
 漆黒の重騎は、純白の重騎の突撃を大盾で受け止めていた。
『荒帝……! 何故ココに!?』
 間合いを取り、白の重騎が疑問の声を上げる。
「決まってるだろ、こうなることが予想出来てたからな」
『記乗しているのは、『ホーリーグレイル』カ!?』
「ならもっと良かったかもな」
 中林が答えると同時に、黒の重騎、”荒帝”の副座席の扉が開く。
『無人……!?』
 困惑と驚愕の入り混じった声に中林は幾度目かの苦笑。そのまま重騎に取り付き、乗り込もうとする。
「させん……!」
 中林が神形具刀の構えを解いた隙を突き、そこまで事態を見ていた蔵人が動く。
 ――『キリングメーカー』・五行/腕術技能・重複発動・五行打撃・成功。
   ――ゴン・五行/槍術技能・対抗重複発動・五行打撃・成功!
 中林に向かって飛んだ白光は、叫びと共に発せられたもう一条の光に迎撃された。
「させるかい!」
 そこには長槍を振り切ったゴンの姿。
「中林以上に情けない奴なんてめずらしいのう。詞も忘れたような駄目男はすっこん出ろ!」
 ゴンは大喝の声にそのまま掛詞を乗せ、五行を放つ。
 ――ゴン・五行/槍術技能・重複発動・五行打撃・成功!
   ――『キリングメーカー』・五行/腕術技能・対抗重複発動・五行打撃・成功。
 光爆。
 二人の五行師が攻防を繰り広げている間に、中林の姿は重騎の中に消えていた。
『行くぞ、『ジーニ』!』
 声と共に白の重騎、”Lords”の視覚素子が光り、急加速。
 剣を構えて突撃してきた”Lords”の一撃を、”荒帝”は再び盾で受ける。
 だが”Lords”は盾に接触した剣の先端で、盾を押し腰を落としながら旋回。盾に張り付くようにしながら、バックハンドから横薙ぎの一撃を盾の後ろ側に回り込みながら放つ。
『いつぞやのお返しだ!』
 硬い金属音。
 受けたのは”荒帝”が抜刀した重騎剣。
『まだ預けとくとするさ!』
”荒帝”の視覚素子が輝き、音声素子からは中林の声が発せられる。
 二つの重騎は再度距離を取る。
『高速記乗、か。やるジャン?』
『調子戻ってきたな、『アラジン』』
『おかげ様でナ!』
 今度はニ騎同時に走り出す。
 両騎共に、真っ向から斬撃を繰り出す。
 火花が散り、空気が破裂する。
 剣戟の反動を円の動きで受け流し、再加速。
 ニ騎の攻防が続く。
 激しく動く巨人に蔵人とゴンは、止む無く交戦を中断。
 それぞれの重騎の後ろに下がる。



「すごい……あの重騎と互角以上に戦ってる。烈枷なんて、ケチョンケチョンにされたのに」
 四狗は、木立の中からニ騎の立ち回る姿を見て感嘆の声を上げる。
 幼馴染に悪口を言われた本人は、意識を失ったままである。だが風水治療も完了し、表情は安らかだ。
「ええ、力を得ましたからね……。田宮さん、お話とお願いがあります」
「どんなことかしら、屋比久さん? 正直私達二人は、あなた達に大きな借りを作っちゃったから、何言われたとしても断りづらいんだけど」
「ああ、それならご安心を。既にそれの対価は頂いてますから。第一、これから頼むことの前だったら、これぐらいロハにしますよ」
「うへぇ、これがロハって、滅茶苦茶吹っ掛ける気じゃない」
 二人の少女は顔を見合わせる。
 そして同時に笑う。
「さ、言って。こうなったら何でも来いって感じだし」
「広域総長連合間同盟、総長大連合に加わっていただきたいと思います」



 幾度目かの激突を終え、二騎の重騎は大きく間合いを取った。
『くそ、この状況じゃ攻めきれネエな』
”Lords”の声が憎々しげに呟く。
『うん? もう終わりかい』
”荒帝”が声をかける。
 機体性能含め、状況はほぼ拮抗していたが、”荒帝”はまだどこかに余力を残している風情がある。
 実際問題、”Lords”の声、『アラジン』は”荒帝”がまだ全ての能力を出していないことを識っている。
『ああ、そうだな。忌々しいことだがナ。 ――『キリングメーカー』、最低限の成果は出した。撤退する。次の攻撃が合図に、左手に乗れ。強行突破する』
 白の重騎は、後半部を足元にいる仲間に、高指向性で出力し指示する。
「了解」
 蔵人は視線を敵方から逸らさず、返答する。
『だが、それはそっちだってオンナジだろ? ここで無理して戦うわけにはいかないんじゃないカナ?』
『アラジン』は、言葉を放ち牽制し、状況を次の段階へ導いていく。
『どうかな。ここで無理してでもキミたちを討った方が、これからは楽になると思うけれど?』
”荒帝”に記乗した中林は、『アラジン』の挑発を受け流す。
『アラジン』と因縁深い彼は、言葉こそが『アラジン』の最大の武器であることを身を識っている。
『ヤレヤレ、互いに手の内を知ってるってのは遣り難いもんダネ?』
『全くだ、と一応は同意しておこう』
 白と黒の重騎の間で言葉が交換される。
『今から僕たちはあえて逃げるような行動をとる』
 白の重騎が、戦闘態勢のまま背翼を展開。同時に駆動音が一際高くなる。
 同時に、それまでとは別の声が”Lords”から発せられる。
『超過駆動・完全出力開始――』
 白い重騎の本当の乗り手の吠声。
 そして声に応じて、”Lords”の全身に光が走る。
 凌駕紋章(オーバーエンブレム)
 重騎をそれ以上のものへと変化させる力。
 凌駕紋章は装甲各部を変化させ、隙間を埋め、その威を発していく。
 風を巻きこみ、流体を纏い、剣を振り上げ、白い重騎が叫ぶ。
『敵戦力に対応するため全兵装・全能力を完全展開(フルバレルオープン)超過駆動開始(フルドライブスタート)する――』
 背翼は既に鋼鉄ではなく、天使の如き白き翼。
『凌駕紋章”主天(ロード)”完全展開完了』
 甲冑を身にまとった天使は、剣を振り降ろした。
 その一振りだけで空気が烈破し、真空の斬撃が”荒帝”に向かって飛ぶ。
”荒帝”は大盾で、真空の斬撃を防ぐ。
 同時に大地に振り下ろされた斬撃が、地殻を砕き、土塊が舞い上がる。
 舞い上がった土塊は、音速超過動作による衝撃波で一瞬のうちに砕かれ、砂と化す。
 暴風の中、蔵人は防風盾符を砕き結界を張ると、”Lords”の左手に飛び乗った。
『シーユーアゲイン、本当にかっこいいのはどっちかな?』
『アラジン』の声が聞こえた次の瞬間、全てをかき消す轟音が周囲を圧し、砂嵐が巻き起こる。
 竜巻は倒れた木々だけでなく、全ての物を飲みこみ粉砕する。
 凶風の中で、黒い重騎が動く。
”荒帝”は剣を大地に突き立てると、己の右拳を天に突きあげた。

 ――――。

 意志と詞が和音となり、澄んだ金属音の形を取って空間を渡った。



 青空が広がっている。
”荒帝”が拳を突き上げると同時に、周囲は一瞬で無音となり、嵐が止んだ。
 だが、”Lords”と『キリングメーカー』はかき消えたようにして、姿を消していた。
 黒の重騎は構えを解かず、しばらく空を見上げていた。
 やがて構えを時、味方の方へ振り向く。
 その様子を見ていた四狗と奈央は、木立から広場へと歩き出した。
 戦闘に戦闘が重ねられた結果、地面がえぐれ、木立が抉られ、そこだけ荒野へと変じている。山の生命力を持ってしても、戻るには時間がかかるだろう。
”荒帝”は片膝をついた駐騎姿勢を取る。
 重騎の足もとに佇むゴンの所に、二人が辿り着いたところで、”荒帝”の副座の中から中林が姿を現した。
 顔の右半面を覆っていた包帯は既になく、眼鏡をかけている。ズボンの上のシャツは適当に羽織ったらしく、若干乱れている。
「おっとと……右だけ見えすぎるのもバランス考え物だな」
 副座から地面に降りる際に、中林はわずかにバランスを崩す。
「オマエなあ、よそ様の前でぐらい最後までシャンとせい」
「わかってるよ……始めまして、田宮さん。茨城圏総長の中林・英彦です」
「田宮・四狗です。よろしく……茨城総長連合は壊滅したと聞きましたが?」
 挨拶を交わすと、四狗は中林に質問を投げかける。
「ええ、壊滅しました。俺はその後を継いだわけです。総長というのも内定段階で、正式発表はニ三日中です」
「じゃあ、彼女の言った事も本当と考えていいんですね?」
 四狗は頷いて、奈央へ視線を向ける。
「ええ、公式のものと取ってくれて構いません。どこまで聞きました?」
「今現在発生している脅威に対して、総長連合間の相互互助、同盟を結び、総長大連合を作ると言うところまで」
「肝心な所は全部聞いたようですね。まさにそれです」
 うんうん、と中林は頷く。
「でも何で私なんですか。自分で言うのもあれですけど、総長を組み入れた方が良いんじゃないですか」
 四狗の僅かに悔しさの滲む反論。
「その総長さんからの推薦でして。それに、大連合の身軽な実働遊撃部隊として、各圏の総長以外で部隊を作りたいわけです」
「わかりました。それじゃあ、スカウトの件は前向きに考えます。
 次に、総長大連合は実現するんですか? 敵は?」
 四狗の問いに、今度は奈央が答える。
「まず総長大連合ですが、現在は発足初期段階です。私たち茨城、そして秋田、神奈川、埼玉、広島、沖縄はほぼ確実です。この件で静岡にも協力いただけると思いますし、現在長野、山梨などへも働きかけを行っています」
「まあ、それなりの数は揃ってきてるわけね。……敵は?」
「まずは千葉じゃ」
 ゴンが答える。
「さっきの奴ら、千葉が当面のわかりやすい敵じゃ」
「わかりやすい……?」
 中林が疑問に答える。
「ええ、ここ最近千葉圏は夢幻都市を名乗り活発な運動を行っています。ですが、それすらなんらかの予兆であると考えています。実際に宮城、兵庫、四国全域、宮崎などでも怪しい動きが見受けられます。最終的にはその一連の”背後”を解明し、対策を行うのが目的です」
「拒否権は?」
「ありますよ」
「――はぁ、助けられた手前断れるわけ、無いじゃない。
 じゃ、いっちょやりますか! 静岡の田宮・四狗から、日本の田宮・四狗へレベルアップよ!」
 四狗は拳を握りしめ、決意を口にする。
「おう、その意気じゃ!」
 ゴンも加わり、二人で拳を突き上げ、エイエイオーと叫ぶ。
「彼女らテンションたかいなあ……」
 それを見て呟く中林と、微笑んで見守る奈央。
 次の流れへと時代が進んで行こうとしてた。



 一方その頃、
「うぅ……四狗ちゃん四狗ちゃん四狗ちゃん四狗ちゃん四狗ちゃん四狗ちゃん四狗ちゃん四狗ちゃん……」
 七蜂・烈枷は地面に置き忘れ去られ、うなされていた。



 日が暮れかかり、夕日が世界を赤く染めていく。
 四狗はふと視線を感じ、黒い重騎を振り向き仰いだ。
 重騎の肩に、長い黒髪と黒衣を身につけた一人の少女。
 視線が合う。
 彼女の瞳は、紅。
 周囲の夕焼けよりも深い色彩。
 少女は、微笑すると空気へと解け消えた。
「錯覚……?」
 後には物言わぬ黒い重騎が佇むのみ。




  同日、夜半。
 夜道を走る二台の大型カーゴ。
「――しもんきん、どうやら彼らは静岡に協力を取り付けることに成功したようだ」
「やれやれ、僕らも失敗できないねー」
 そのうちの一台、暗いカーゴパレットの中で、二人の少年の声。
「ナニ、心配いらないさ。この手土産を持っていけば、ね」
 闇に沈む格納台座の中には、細身の雌型重騎。
 騎体は漆黒。
 唯一、肩に白い筆字で期待名が書かれている。
”荒人改”、と。
 カーゴの向かう先は、記憶都市―長野。

to be continued......?





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